House of Architecture, 建築の建築

House of Architecture, 建築の建築
Author: Tamami IINUMA 飯沼珠実
Publisher: limArt, POST
Language: English, Japanese
Pages: 80
Size: 182 x 230 mm
Weight: 290 g
Binding: Softcover
ISBN:
Availability: In stock
Price: €38.00
Add Items to Cart
Product Description

"I view achitecture as man himself. After all, achitecture is constructed by man. Architecture is a monument to the passion and effort of those who create it. The growth of architecture is derived from the life of its occupants. Considering architecture solely as a machine is cold. As occupants go about their daily lives, their emotions and experiences are stored within the architecture, providing it with warmth and a chance to breathe. As Le Corbusier said, achitecture is a "machine for living." Man expects to be protected by architecture, whether it be in order to think, to cry, to dance or to sing freely."

-Excerpt Tamami Iinuma House of Architecture

Published by Post/limArt and designed by Yoshihisa Tanaka, Tamani Iinuma’s House of Architecture presents a photographic approach to the architectural creations by celebrated modernists Le Corbusier and Kunio Mayekawa. Within, Iinuma’s photographs present a visual abstraction of form and subject, where both man as architect and building as structure stand side by side as an interdependent unit in continuous dialogue with its built environ. House of Architecture is an elegant and considered presentation of Iinuma’s imagery, allowing both image and subject further space for engagement within the structural form of the photobook.

The publication includes text by Thibaut de Ruyter, Yuzuru Tominaga, Tadamoto Oshima and Tamami Iinuma.

All text available in Japanese and English.

Limited Edition500

2016

通学路となった上野の森には、ル・コルビュジエの日本で唯一の建築作品、国立西洋美術館がある。それに向かい合う位置に前川國男の東京文化会館がある。前川國男は、ル・コルビュジエの弟子で、国立西洋美術館建設をサポートし、またその新館を手がけた。その先を進むと、木々の隙間から、ダークトーンの赤紫色をした煉瓦の積み重なりが見えてくる。これが、わたしが上野の森で一番好きな前川國男の建築作品、東京都美術館だ。東京都美術館が、わたしの日常的な風景に在りはじめて、この建築の姿やかたちだけではなくて、呼吸のリズムや内包する熱量のようなもの、上野の森との関係性、特に森との距離感の調律に気を惹かれるようになった。森がみせる多様な表情、毎日の天気や日差し、流れる季節と繰り返す樹木の繁茂と落葉、そういった森の営みと、とても密接に関わり合っているようなのだ。そして樹木たちも、前川建築を背景に嬉々として、舞でも舞っている様子にみえてくる。東京都美術館は、上野の森の住人なのだと感じるようになった。もうひとつ興味をもった感覚は、この建築が自分の目にどう映るかが、毎日の自分の気分や状態の指標、心鏡のような存在になりはじめていたことだ。うれしいことがあった日には輝きが増してみえた。何度目をこすって霞んでみえる日には、自分の緊張や抱えているプレッシャーに気がつかされ、森の中で深呼吸をした。また挑戦の日には、拝むような気持ちでみつめては、背中を叩いてもらったような気になっていた。ひとによってはそれが、食べるものであったり、着るものであったりするのだと思う。いつものコーヒーをいつも以上に味わい深く感じたり、逆に味を感じることすら忘れてしまう日もあるように。

― 飯沼珠実、「建築の建築」より抜粋

平凡な建築を捉えた平凡な写真はしばしば社会学に近づいていく。家、納屋、ガソリンスタンド、工場などの記号的表象から、大都市がもたらす気持ちの空虚感、郊外の大型ショッピングモールの異常な消費活動の現場などが描かれる。一方で特別な建築は、しばしば著名な建築家によってつくられている。特別な写真というのは、被写体に選ばれた建築と写真で描き出された建築がの関係に到達している写真だ。バーバラ・カステン、ハイディ・シュペッカー、エレーヌ・ビネそして飯沼珠実といったアーティスト(不思議と全員が女性アーティストだ)が切り取るイメージに共通するのは、その建築作品の(すでに)芸術的な側面から、また別のコンテキストを紡ぎ出そうとするアプローチだ。「(他なる)建築の顔」を浮き彫りにした写真といえる。建築に詳しいひとならば、彼女たちが選んだ被写体が誰の建築作品であるかはすぐに分かるだろう。それでもなお彼女たちの写真を通して、わたしたちはその建築の知らなかった顔をみることができる。またその建築を知っている知らないに関わらず、その建築を訪れるという身体的な経験に置き換わることのない、”建築の経験”がもたらされるのだ。

エディション500
2016